どうやら私の他にも、火星から派遣された者がいるらしい。
「火星の女」と呼ばれている生徒がいるという噂を最近耳にした。直接訊いたわけではないが、女子便所で生徒二名の会話を盗み聞きした所、そう呼ばれる生徒がこの学校に居ることがわかった。本当にその人物は火星から来たのか。派遣後は一切火星との連絡手段を絶たれ、他の調査員に関する情報も事前に教えられることは無い。何故そんなことするんだ。心細いだろう。火星人の間でだけ通じる合図とか決めておけばいいのに。胸のあたりで小さいOKのサインを指で作るとか。こういう所で同じ境遇の人見つけたら絶対仲良くなれると思うのだけど。たまに酒でも飲みに行ったりして。しかし、そんなことは許されないので此処では皆地球人として振舞わなければならない。
何者かが私の働きぶりを査察しに来たのか。しかし監査官ともあろう者があっさり正体を見破られる、そんな間抜けな話があるだろうか。これは私に与えられた試練であり、いかなる状況でも冷静に問題に対処できるかを試されている可能性もある。…いや、「火星の女」とは私のことを指して言っているのか。そうだとしたらかなりまずい。先ずそんな噂が立っている状況が良くない。私に非があり、情報が漏れているとすれば一巻の終わりである。真相は定かではないが、それより気になるのは、私が、今までもそうだが、此処へきてから、丁度噂と呼べる程度の情報しか手に入っていないということであった。
調査を目的としているが、劣った種族と交わるのが何となく嫌で校内に一人も友達はおらず、書籍や新聞で地道に情報を集め続けてきた。新聞なんかは頼まれずとも片っ端から取っているが、交遊の誘いは一切断ってきた。誘いなんてあったか怪しいが、二回くらい、少なくとも一回はあったはずだ。そのほうが怪しまれずに行動できると思っていた。だが、この場所では学友とともに生活することがより自然であるということが後から判りそうなんだとかまあどのみち今から友達できることないだろうなとか思っているうちに時間だけが過ぎて行ってしまった。
火星人の持つ能力を遺憾なく発揮し、地球人からより多くの信頼と情報を得るようなやり方もあったのかもしれない。軍の司令官が、財閥のトップが、流行りの歌手が実は火星人であったとかのほうが様になる。だが、私はこうして日本の女学生に混じって生活しながらたまに便所や図書館に行き、こそこそと情報をかき集めることくらいしか出来なかった。
今の段階では様々な可能性が考えられるが、一旦ここは様子見と行こう。様子見しかすることが無い。火星人は様子見が得意だ。時間が物事を解決する。そんな意味の諺がこの星には数多く存在する。先人たちもそう言っているのだから、そうなのだろう。
時間が何かを解決することは無く、最悪帰ることになっても正直もう構わない。帰ったら何しよう。部屋解約したから帰る場所は無いのだった。とりあえず醤油を基調とした味付け以外のものが食べたい。美味しいけどさすがに飽きてしまった。西洋料理を食べれば良いとも考えたが、何処へ行ってもこの国の人間好みの味に改変されており、丁寧に醤油もかかっていた。たまにそのことを忘れて洋食屋に行って後悔することがある。それならかかるべき場所に醤油がかかっていた方が私としては嬉しい。美味しいかどうかは醤油にかかっているので、お醤油をかけないでほしい。あとはできれば咀嚼音が響くことが気にならない場所で、落ち着いて食事がしたい。昼は自分が齧った断面を見つめながら黙々と握り飯を消化する。また、朝と夜は下宿で用意された飯を食べるが、食堂に流れる気まずい雰囲気と静寂の中でいかに音を立てずに食事を済ませるかに神経を遣うことにも辟易してしまった。なぜ日本の漬物はあれだけ大きな音を出せるのか。どの物質からあのポリポリしか表現しようのない音が発せられるのかは未だに疑問である。揚物も然り。揚げたてであればあるほど大きな、心地の良い音が鳴ってしまう。余りにも良い音が鳴ると、部活動等にも励まず、淡々と日々を過ごす者が揚げたてのカツを食べることは許されるのか、「この人、何もしていないのに揚物をサクサクと言わせているわ。良い根性しているわネ。」などと思われては居ないか、そればかり気になって揚物も冷め切ってから食べるようになった。冷めてしまった揚物に何の意味があるだろうか。
宇宙空間ではその静けさから、自身の鼓動の音だけが響くと言う。私も経験があるが、地球での食事中は毎回なぜかそのことを思い出す。今日も食堂という空間には漬物の音だけが響き渡っている。
*
「スゴイわねえ火星さん」
「まあ……誰のこと……火星さんて……」
「あら……御存じないの。甘川歌枝さんの事よ……」
日本の便所は素晴らしい、調書のどこかにはその一文を加えておこうと思う。その狭さが人びとに安らぎを与えてくれるため、気持ちも落ち着く。とても良い場所だ。それだけでなく、便所の個室にはありとあらゆる情報が流れ込む。こうして自らが動くことなく、便器に座ってジッと待っているだけでいとも簡単に火星の女に関する情報も手に入ってしまう。利用者が抱えている問題を解決してくれる。時間ではなく、便所がすべてを解決すると言ってもいいだろう。そういう諺をこの星に残して帰りたい。
それにしてもなんて紛らわしい綽名なんだ。校長によって名付けられたそうだが、なんと配慮に欠ける行為だろうか。教育者ともあろうものが、こうして本当に火星から来ている生徒も居ることも想像できなかったのだろうか。だからこの星はいつまで経っても発展しないのである。
しかし、世界中のドンナ選手も敵わないと言うのならば、他の星から来た者の出番なのではないか。本物の火星人の力を見せつけてやろうじゃないの。
体力測定は火星人の本領を発揮する好機であった。能力を誇示することは規律によって禁じられているが、そんな所まで見ている者など居る訳が無いため、地球上に残る記録を一つないし二つ、いや三つくらい塗り替えてしまおうと思っていた。しかし、それは叶わなかった。
火星に住む大半の者であれば地球の人間の平均値くらいは超える値を出せるが、それにかまけて鍛錬を怠り、運動する機会があっても手を抜いてきたため、ほとんどの科目において地球の中年女性平均にも満たない結果になってしまった。「地球の中年女性さん」、火星に帰ってそう呼ばれる自分の姿を想像した。地球で火星人と呼ばれるのとは異なり、それは紛れもない事実であるがゆえに余計恥ずかしい。下手に飛び抜けた記録を出し、帰ってからお目玉を食うことまで想像していたが、反対に報告をいくらか誤魔化さざるを得ない状況となった。思い返せばもう三、四年くらいは全力で短距離を走るという経験も無かった。ある程度の年齢を経ると体力の限界というものを意志とは関係なく肉体が決めるようになり、自身はそれに従わざるを得なくなる。そうするうちに全力を出すということが何かが判らなくなり、その選択肢が自然と、消滅していくのである。此処へ来て準備運動というものがいかに重要であるかを理解した。特に意味も無いと思っている君たちには事実準備運動は必要無い、私はそう思いながら屈伸運動を続けていた。これは、実際、何回くらいやるのが正解なのだろう。判らないが、多いに越したことは無いはず。屈伸運動は素晴らしい。膝を曲げ伸ばしするだけで何処へでも、何処までも行けそうな気がする。体じゅうの筋と言う筋が伸びて、次第に糸のようにほぐれていく感覚を噛み締めている間に、甘川歌枝はその身長より十センチメートルほど高い位置に設置されたバーを軽々と飛び越していた。なるほど、化け物じゃないか。
「さすがは火星さん、また日本記録更新しとるネ。」
地球人は未知のものをすべて火星に押し付ける。奇妙な言動をしていたり、それも人間離れした能力があったりすると火星人に例えられるが、火星人は少なくとも私から見れば地球の人間と変わり無いし、変わっているようにも見えない。確かに身体能力に違いはあるが、私のように地球人とようやく張り合える程度の者だっている。火星にそんなイメージを植え付けたのは一体誰なんだ。そんなことを最初に言い出した人間が居たら、お前は本物の火星人に会ったことがあるのか、お前の持つ火星人のイメージは間違っている、今すぐに撤回しろ、私がその証明だと言いたい。そんなことを言ったら余計に火星へのイメージが悪くなりそうな気もする。やはりやめておこう。また、言ったところで地球の人間の中でも頭がおかしい部類の一人として扱われるだけであろう。見ず知らず存在も定かで無い火星人への差別撤廃、権威の回復に努める世にも奇妙な活動家、あり得ない話では無さそうだし、それはそれとして丁度地球で面白がられそうだ。ともかく火星人は皆、器が大きく、寛容で、おおらか、いかなる場合も冷静であり、全てをありのまま受け入れることが可能な、地球人より遥かに頭のいい、気さくで話しかけやすい人たちなのだ。
偏見まみれの地球人がもし火星人の正体を知ったら拍子抜けしてしまうかもしれない。こちらが打ち明けた後、何かを期待して固唾を飲む地球人に対して、お茶と漬物を差し出すことくらいしかできない。地球人はお茶を出されると手を付けるべきかつけまいかと戸惑う。漬物など説明も無く一緒に出されたなら余計混乱することに違いない。其奴がとんでもない曲者で、そう言うことでは無いと言わんばかりにお茶を一気にガブリと飲み干し漬物を丸呑みした後に何か無いのか?と言われたら恐ろしい。ただ、どれだけ訊かれても火星人であること以外に何も出て来ることは無い。それ以上、何も無いのだから。「褒めても何も出ない」という言葉を聞いたことがあるが、褒めて何か出てくるパターンがあるのだろうか。
「そんなに褒めるから、お臍から黒汁(コクジュウ)が流れ出てきたじゃないの」
黒汁(コクジュウ)が出てきた。墨汁とは違うのだろうが、何かの病気であることに違いない。褒めて何か出てきたら病院に行くべきだ。おそらく、それくらい何も出てくることはない。
特に、外見などはあまりにも差異が無く、手を入れる箇所もさほどなかったので、何となくお金をかけて唇の両端にホクロを入れてもらったが、お金をかけてまでやる意味は無かった気がする。初手で細部に拘りを詰め込もうとする姿勢は、あまり良くなかった。私自身は気に入っていたが、見た目に大きな特徴があれば良かったのか。いや、反対に若干異なるくらいの意匠をしていたほうがロマンがある。火星人は地球人よりも少しだけ、平均的にお尻が大きいとかだったら面白かった。少しは地球人の抱く期待に応えられたのかもしれない。私が努力してお尻を大きくすれば良かったのか。そもそも努力でお尻を大きく出来るのか、否、火星人といえども努力だけでお尻を大きくすることは出来ないのである。お尻を大きくするために必要なのは手術であり、それは火星でも地球でも、木星でも同じことだった。今私がそうした施しを受ければ、地球上で初めて自らの意志で手術を受けてお尻を大きくした人になれる可能性はあった。そんなことを考えながら私の投げたゴムボールは、お尻のような軌道を描いて投げた位置から四メートル程先の地点に落下した。
「ねえ、今の見ましたこと?宙でボールがピョコンと跳ねてしていましたわ」
「何かの見間違いでしょう……」
今の現象に関しては私にも判らなかった。火星の技術をもってしてもあんなことは不可能だ。もう一度投げてみる。今度は地球の重力に従い、片尻と言ってよいほど綺麗な弧を描いて先ほどと同じ、四メートル先の位置に落下した。それにしても肩が弱すぎる。
ともかく、地球の人間は惑星単位で偏見を持たないでほしい。火星にも色々な火星人がいる。ほかの惑星については知らないので、土星人とか、木星人に例える分には構わない。
そしたら火星でも変な奴を地球人と呼ぶことを浸透させようか。いや、火星でも既に敢えて地球人的な言動を取ったり、地球の文化を真似たりするのが一部で流行りつつあるからそう呼ばれて悪い気がしない人が結構いるかもしれない。
少し人と比べて変わっているのが良い、みたいな、それを個性として若干自分でも認めてしまっているケースはどの時代、惑星においても見受けられる。案外「火星人」と呼ばれて満更でもない地球人もいるのではないか。甘川歌枝もそうなのだろうか。
そういえば私も地球人っぽいからという理由もあって派遣されたことを思い出した。もちろんそれだけが理由なわけでは無いのだが、確実に理由のひとつとしては挙げられると思う。裏で色々言われていたことも知っているし、口に出さなくても目が完全にそう言っていた。こちらから何も言って無いのに「行きたいんだよね、地球」と言われたことさえある。大体私のどこが地球人っぽいのか、全く理解できない。「地球の顔してる」とも言われたことがある。外見そのものが惑星としての地球に似ているのだろうか。もとより地球人っぽいからと言って地球に派遣する態度のほうが余程地球人なのではないかと思う。
*
「昨日は夜遅くまで読み物をしていてほとんど寝られていませんの」
「アラ、そんな遅くまで何を読んでいたのかしら」
廊下から生徒同士の会話が聞こえてくる。
寝れていないから何なんだ。貴様のせいでそうなったものを読み物の書き手に責任転嫁するなど横柄極まりない。それを他人に報告する意味も無い。何か共感を得たいのだろうか。一体それを得てどうしたいのか。そうすることで失った時間が返ってくるのか。眠たいのだろう、無駄口を叩いている暇があるなら睡眠を取ったほうが良いのではないか。
また、彼女たちは人より秀でている部分を隠そうとして嘘をつく。出来ないだなんだと言うから、そういうものだと思っていて安心していたら私だけが出来ていなかったなんて経験も数知れない。何度騙されたことだろう。毎回シッカリと準備してくる上に人並以上に出来るじゃないか。何故一回虚言を吐くのか。
中には敢えてだらしのない人間の振りをする者までいる。もはや手の施しようが無い人間が自身の不手際を正当化するならまだ良いが、ある程度努力できる人間が真似をしてそういったことばかりを言うのは理解できない。私は彼女たちが裏で血の滲むような努力をしていることを知っている。生まれ持った才能や努力して勝ち得たものがあるのならそれを誇りとして、出来の悪い者の事などは知らぬ顔をして堂々として居れば良く、変な嘘を付いて他の星からやってきた者を疑心暗鬼にさせることは無いだろう。彼女たちにとってそうした姿を見せないことが美徳なのかもしれない。甘川歌枝のような人間が笑い者になるのを見ているとそう思えるが、遠巻きに見ているだけで何もせずに人を見下したような態度を取る者のためにそのような奇妙な状況が生まれているのでは無いか。貴様のせいか。貴様は何様なんだ。
「この話題は若人には伝わらないかもしれないネ」
こんなことを言う教師もあるが、伝わらないのであれば、伝わるように説明すればいい。知らないものは知らない、ただそれだけの話だ。判らないものは仕方がない。わざわざ「伝わらないかもしれない」と前置きするところが憎たらしい。互いの理解の差を埋めるためにこちらが興味を持とうとしても、その台詞を訊くとまともに話を聞く気も消え失せてしまう。生きていた時代が異なるというだけで優越感に浸らないでほしい。こういう人間は大概若人の話題は馬鹿にして取り合おうとすらしない。一人だけどこかへ行ってしまうのは構わないが、幻想の中で生き続けるのであれば、どうか、そのまま天命を全うしようとせずに、その貴重な時間を天にお返しいただきたく願う。
意図的なのか無意識的に行われているのか定かではないが、そうした態度を取る所が地球の人間を地球人たらしめるのであり、健気な、いじらしいような印象もあるが、素直に気持ちが悪いとも思う。だけどそんな無駄なやり取りを交わすのがやはり羨ましいとも思う。自身の持たないものに憧れるのは火星人も同じであり、地球人のそれには不思議な魅力がある。せっかく地球に来たのならば地球人仕草を身につけて帰りたい。
「書き物が全く進まないの。」
「左様でございますか。」
「そんな他人事みたいに、少しは興味持って下さる?」
「そんなこと言う暇あったら手を動かせば良いのでは?」
「もう、ひどいわ白金さんったら。フフッ、でも白金さんのそういう所、嫌いじゃないわ。」
「好きって言えば良いのでは?」
「まあ、よくそんな恥ずかしいこと言えるわね」
「は?」
たまに一人で想像してみるが、頭の中でも上手くいった試しが無い。地球の人間ならより上手く、自然な流れになるのだろう。
他愛のないことを言い合える人間が居れば少しは此処へ来た意味があると思えたかもしれない。
せっかくこの星の人間に合わせて付けた名前も久しく呼ばれていない。県立高女に入るに当たり字面だけでも高貴で、気品があり、可憐な印象にしたかった。やり過ぎな感も否めないが、自身でも気に入っていた。これより完璧な名前は無いと思っていた。しかし、そんなことは無かった。何より此処には殿宮アイ子がいる。殿宮様がいらっしゃる。殿宮殿にあらせられる。殿宮なんて、宮と殿からなる、そんな苗字は無いだろう。「アイ子」と言う名もありふれたものではあるが、真正面から勝負している感じがあり潔い。私が本物のアイ子、そう言っているようにも思える。しかも、彼女は名前に負けず成績優秀、容姿端麗、完璧な女だった。おまけに父親は視学官をしているらしい。視学官という職業が何かすら与り知らなかったが、視学官と聞くだけで大層な仕事を任されている感じがある。火星の女こと甘川歌枝に加え、殿宮アイ子という女まで居るおかげで、私が火星人であるという事実が揺るがされている。このままで本当に良いのか。
火星に生まれ、火星に育ち、火星から来て火星に帰る、私こそが正真正銘「火星の女」である。そのはずだが……。
「私は火星から来た女、私こそが本物……」
気が付くと自然と口から言葉が発せられていた。皆どこかへ出払っていて、教室には誰も居なかったのが幸いであった。何者かに聞かれると色々と面倒なことになっていたかもしれない。
「…白金さん、白金ユリさんよね。」
「あっ、えっ、え?、か?はい、え?そうです!あのーはい、白金です、火せ、じゃない、本物の、違う、えっと、あ、本物ではありながらも……」
「皆裁縫室に集まっているけど、せっかくだから白金さんも一緒に来てお話しません?」
「オrξあ!、はい!行きます!!!」
驚きすぎて母星語で罵倒しそうになりながら即答してしまった。
まさか、甘川歌枝に名前を呼ばれるとは思ってもみなかったため、綺麗すぎるくらいに取り乱してしまった。ただ、その時はなぜか嬉しく、光栄な気分だった。
集まった大半の人間は私を見て「貴方は誰?何をされている方かしら?」という顔をしていた。皆勤賞だったことも話すと、皆鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。「カイキンショウ…」それを初めて聞いた言葉のように唱える者もいた。皆勤賞とは学校を一日も休まず出席した者を称えて与えられる名誉ある賞のことだ。貴様は地球に居ながらそんなことも判らないのか、豆鉄砲を食らえ。ところで豆鉄砲とは、何だ。知らないが、鳩に食らわせるのは、可哀そうだ。鳩は何もしていないのに。
また、そこで数人居た、私が便所に長居していることを知る人間からは私が「コオロギ」と呼ばれていたらしいことを伝えられた。行ったらよく居るからとのことであった。
「まったくコオロギだなんてひどいわ。」
教えてくれることは有難いが、わざわざ本人に伝えないことも優しさの一つではないだろうか。
それにしても、地球の人間は何か二つ名が無いと死んでしまうのか。与えられるにしても「火星の女」くらいひねった綽名が望ましかった。「地球の昆虫」とかでも良かった。彼らは何もせずとも不快なだけで害があるとみなされ多くの人間に嫌われているが、それでもしぶとく生き続けている。
「あはははは!コオロギ!私にぴったりね!」
これでよかったのだろうか。正解が判らない。皆笑っていたように見えた。その後も雰囲気に合わせて調子を上げてみたり、口を窄めてみたり、苦虫を噛み潰したような顔をしてみたり、ともかく私の知る限りの感情表現を私なりに繰り出すことで乗り切った。後半は二回に一回は同じ顔をしていたと思う。
久しぶりに人と話したが、話すことはこんなに疲れることだったのか。その後の謝恩会のことはあまり覚えていないが、森栖校長がまた長々と演説を垂れ流していたのは覚えている。大勢を相手に一人で話し続けることはさぞ気持ちのいいことだろう。何か良いことを言っているような雰囲気だけはあったが、私にはよく判らなかった。地球の人間は要領を得ずだらだらと話をする。
また、地球の人間は過剰なほどに体裁を気にする。校長の話を受けて感銘を受けたのか、ただ雰囲気に呑まれたのか、別れが余程辛いのか知らないが周りの人間が一斉に泣き出したのには恐怖を感じた。あの状況だと私が尻もちをついただけでもその音に反応して泣き喚き出しそうだった。箸が転げても可笑しい年頃の人間は同様に箸が転んだことに対して悲しむことも出来ることが判った。箸が転んでも泣ける地球の人間は美しい。
別れを惜しむのは良いが、それなら私の事も哀れんで泣いてくれても良かった。今生の別れでも無いのに。君たちは会おうと思えばまた会えるだろう。私と君たちはもう一生会えないのに私は泣くことすらできない状況のほうが悲しい。少しは私のために流される涙があってもいい。
謝恩会が終わるといつものようにまっすぐ下宿に帰った。ただ、その日はいつもより充実した気分だった。地球に居るのも残りわずかであるにもかかわらず今まで特にこれといった成果も得られていないが、このまま終われればすべて上手くいったように思える、そんな気がした。
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絵
あの子、夏休み空けてから少し雰囲気変わったよね…。絶対休みの間に何かあったんだよ。それから1か月経ち、10月です。夏休み明けに雰囲気が変わった子の感じにもかなり慣れてきました。
キン肉マンソルジャーが結界の中から超人一人だけを選んでその超人とタッグを組むという展開があって、読んでいる私まで緊張してしまいました。結局ブロッケンJrが選ばれてて、ラーメンマン絶対自分選ばれると思ってた感があって笑いそうになった。自身もそういうことありますが、違うのにこれ俺かもみたいに思ってる人が一番不憫で面白い。
たまに出社しても気が緩んでいて口を開いたと思ったらその場にいない人の悪口とそこにいる人の悪口を言うだけなので気を付けたい。偉めの人から呼び出されてクビとかではなく、「あなたはこれから一生、人間ではなく、ビーバーとして家を建て続けてください。」と言われたら、困惑はするけど受け入れてしまうかもしれません。
コミティア体調悪くて行けませんでした。立ったまま足の指の力だけを利用して移動したり、転がったり、リニアモーターカーと同じ仕組みを使ったりしてでも行きたかったんですが、状況を見て断念しました。平日の耳鼻科には行けました。体調悪い時のグリーンダカラが美味しすぎて、本当にそうかは知りませんが身体に流れている液体に近い液体を摂取するブームが起きました。スポーツドリンク飲んでる会社員いないと思ってましたが普通に会社でも飲んでた。「ポカリ飲まなきゃ」というキャッチコピーがありますが、あのイメージの主婦?がポカリ飲んでる所見たことない。あと薄い色のラベル日焼けしたみたいなポカリに関してはあれもJAVATEAとかと同じく人類が飲んだこと無い系だと思うので飲みたくなってきました。JAVATEAは金城武さんしか飲んでません。私が主婦になって薄い水色のポカリを飲んで全てを終わらせたいと思います。一か月前の話をしているし、今息継ぎしに水面に顔出してるだけみたいな感じがあるので次どうなるかわかりませんが、次は一体どうなるのでしょうか。
スポーツ酒場語り亭にミッツマングローブが出ていて、元日本テレビアナウンサー(読売が系列にある)の徳光和夫の甥だから(読売巨人軍には原監督の甥の菅野投手がいる)という理由で納得してしまった。人の話とか聞いてても、それが例え間違ってても共通項あったり合ってるっぽい雰囲気があるだけで全然納得してることがある。甥繋がりでしかも今出ているということは無いと思うし、あの人に関しては甥であることを前面に押し出さなくてもやっていけていた気がする。原監督の長男は飲食店を経営しているらしいです。
ラグビーミーシャのライオン~♪みたいな曲聴くだけで終わると思ってたら変な時間にやってる録画試合を生放送だと思って観たので観れました。後半の後半くらいまで気が付かなかった。フルのハカと終わるまでそれを見ている相手チームも見れました。ハカやらない国はどういう気持ちで見ているんでしょうか。ミーシャのライオン~♪みたいな曲もたくさん聴けました。そもそもライオンと言ってるかどうかも怪しいですが、MVにマジのライオン出てくるかどうかを予想して、後で答え合わせしたいと思います。
BS松竹東急でとらドラがやっているので毎回正座して観ています。クシエダさんみたいなタイプの人がああいう扱われ方をしているのは珍しいと思う。一瞬弱さを見せる場面があって、その辺りに惹かれるのかと思ったらそうでもなさそうで何なんだろうと思っています。脱力タイムズのダイアンの回でユースケさんがVTRで出てきていた津田さんの娘に対して紅を引くには早すぎると言っていたのが面白かった。BS松竹東急は前まで全国で視聴者数が6%とかではなく6人のドラマとかもやっていて、それも何となく観ていました。その枠でしろ先生原作のドラマもやってたので観ました。その中のキャンプの場面で会話の流れとか雰囲気が自然過ぎる場面があってびっくりしました。別の枠でやってる名建築のドラマも良くて、毎回建物の説明する人がおそらく役者じゃないそこの関係者の人で、役に入ってる人と入ってない人が同じ場にいるので微妙に間が詰まったり空いたりするのが面白いです。
「子どもを殺してくださいという親たち」というタイトルの漫画があって、たまに頭から離れなくったり、変に改変された状態で頭に浮かんで来たりすることがある。
例)タモリをタモさんと言う人たち。
「だが、情熱はある」も同じで冷蔵庫に紅しょうがだけあると「だが、紅ショウガはある」と思う。「紅ショウガを減らしてくださいという客たち(牛丼チェーン)」とは思わない。この前冷蔵庫開けたらドアの収納スペースに自分で買ったの忘れてドレッシング3種類置いてあるのを見て「(我は)サラダ男爵」と思った。調味料置くところにペットボトルのお茶置いておいて忘れた頃くらいにそれに気づくと何エクストラバージン顔してんねんと思いません。
絵おわり
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なんでも
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謝恩会から数日後、校舎の廃屋で火事があり、建物の中から焼死体が発見された。遺体は甘川歌枝だった。そして、彼女が焼身自殺を図ったことがのちの報道で判った。新聞記事に遺書とみられる手紙の全文が公開され、一人の少女の命を懸けた復讐と不正の告発は大きな話題となった。
知った時は素直に驚いたのと、裏でそんなことやってたのかと思って若干引いてしまった。そして、調査に来ているにも関わらず、それに一切気づかず呑気に日々を過ごしていた自分が情けなかった。何、そんなことやっていたなら少しくらい教えてくれても良かったのに。肝心の手紙は異常なほど前置きが長く、読むだけで疲れてしまった。また、そのわりに面白そうな箇所の詳細はグロテスクだとかの理由から省かれていた。
校長に関しては土星から来た超特級の悪魔と言われて居り、地球人は土星にも失礼なのかと思った。そう例えて構わないとは言ったが、失礼過ぎるが故に思わず笑ってしまった。どうやら、この地域で土星を示す語と悪魔を意味する語の音が同じことからそう言われているらしい。土星人には同情するが、地球上の認識では土星には悪魔が居り、その中でも特に厄介な存在が来ているのだから仕方がない。火星人などは可愛いものである。土星のそれと比べると私なんかは可愛いものだというようなことが言いたかったのだろうか。甘川歌枝がどうかは別として、事実、火星人はとても愛嬌があり、特大特別最上級の天使が居り、その中でも特別に愛されたものだけが地球に降り立つことを許されている。それが、私だ。私だったら、良かった。
火星へ帰ってきてからしばらくは事件を引きずるくらいにはショックを受けていた。
自動車に貼りついたりするだけの機動力と不正を許さない正義の精神があればそれこそ新聞記者にも警察官にでもなれたのではないだろうか。
私の名前と同じで少しだけ愛着を感じていたためお土産にしようと持ち帰ったユリの花は税関で没収された。
「植生が破壊される恐れがあります。だから、外来生物を持ち込んではいけません。それは、当り前のことです。」
職員に同じことを二回繰り返して言われた。コオロギも持ってこなくて良かった。植物と違って彼らは勝手に何処かから来て何処かへ行く。後で調べると彼女たちが指していたのはおそらく便所コオロギのことで、羽をこすり合わせて音を出す、所謂コオロギとは別のものであることが判った。それはカマドウマとも呼ばれるらしいが、成程、外見は一部の地球人の想像する火星人のイメージと合致するかもしれない。しかし、やはり私も彼らには愛着を持とうと思っても持てなかったし、触れなかった。脚が多すぎるし、突起物も至る所に生えていてそれぞれが意志を持っているように動くのでどこを掴めば良いのかわからなかった。
「火星の女」と彼女が起こした事件のおかげで調書のネタには困らなかったが、それは火星全体の地球への評価を変えるほどの影響をもたらした。地球で生まれた火星の女の名前は到頭火星にまで轟いたのである。このことは余計、自身が火星人であるという自我を揺るがせた。火星の女は凄いけれど、それをわざわざ地球まで行ってただ見ていただけの私は本当に何なんだろう。新聞記事を拾ってくるくらいなら誰にでもできる。似たようなことを火星に来てから何回か言われた気がする。人の苦労も知らず文句ばかり言う火星人は地球人以下である。
あの一件以来、私は、それまでも無いに等しかった自信をすっかり失ってしまった。しかし、あの時甘川歌枝に名前を呼ばれたことを鮮明に覚えている。そのお陰で一瞬でも愉しい時間を過ごせたことには感謝している。
「よーく見ますと、貴方のお顔立ち、とても綺麗。鼻筋がスーッと通っていて日本人じゃないみたい。かといって西洋人とも違う。不思議なカンジね。」
そういえばこんなことも言われたのも覚えている。もしかすると、彼女は私が異星人であることに感付いていたのかもしれない。
私は火星の女と火星から来た女が同じ時間に生きていたことに、勝手に運命的なものも感じている。いつかは、このことを地球人に話せる日が来ると私は信じている。「火星の女」事件の同時期に火星から来た女がいたということを覚えておいてほしい。そういうことを言うと地球人みたいだ。「地球のみなさんさようなら」去り際にこう言えたらもっと地球人っぽかった。
今思えば、あの手紙の文章も、一連の行動も、やはりどこか自分に酔っている印象があった。地球人は本当にそういうことばかりに拘り、格好を付けたがる。
だから余所から来た変な異星人にあっさりと侵略されてしまうのだ。
*
私の名は尻尾シオリ。この県立高女に潜伏し、計画のための準備を進めている。偶然にも火星人が同じく潜伏していたようで、都合が良かった。
地球人も、そして火星人も、私の幻術<イリュージョン>に気付いていないようだ。このまま上手くいけばすべての人類は、尻に支配される。つまり、我々のお尻に敷かれるのだ。
……ああ、まずい、時間切れだ。我々がお尻以外の事を考えられる時間は限られている。最後にこれだけ記しておかなければ。
我々、唯尻星人<ケツダケセインジン>が地球を、そして火星をも尻だけにする日、審判のお尻の日<ジャッジメント・ヒップ・デイ>は近い……。
おわり